メールを打つのは意外と時間がかかる

仕事で人に何かをお願いする、お知らせする、報告する、そんなときにメールというツールを使うことが多い。Eメールは手紙よりは手軽なツールというが、それでもいろいろ気を使うことが多く、目的のメールを作り始めてから送信するまで、かなりの時間を費やしてしまう。たった10行弱ほどのメールでさえそうだ。タイピングするだけなら一瞬なので、イメージでは5分足らずで書き上げられそうなものだが、3-40分ぐらいかかってしまうことも珍しくない。誰を宛先に入れるか、誰をCCに入れるか、宛先に入れる順番は適切か、どこで改行するか、変な敬語になっていないか、数字は間違っていないか、相手の敬称・役職は間違ってないか、内容は簡潔で分かり易いか、どこを強調して伝えるか、、、、などなど、考えることが沢山あって、最終的にメールを送信した暁には、たった10キロバイト程度のメールだとしてもちょっとした達成感さえ覚えている。自分の一つの「作品」として愛着さえ沸いたりもする。そして、時計を見て、自分がそのメールを打つのにかかった時間を知り、軽く自己嫌悪に陥る。とは言え今まで何通もメールを書いてきたので、1つのメールを打つのにかかる時間は徐々に短くなっていると思うが。。。 
 考えてみれば俺は昔から文章を書くのが苦手で仕方なかった。中学生のころ、夏休みの宿題で「意見発表文」というものを書かされていた。何か、世の中に対して意見を発表するような作文を書かないといけなくて最悪だと思った。夏休みは大体7月20日ごろから8月31日まであるが、8月15日ごろからその忌まわしき宿題のことが脳内に浮かんで離れなくなる。いや、書かないといけないことは分かっているのだが、そもそも世の中に発表したいような意見なんか持ち合わせていないんだよなあと思いつつ、インターネットでそれらしき例文を見つけては参考にしようとしていた。世の中に対する意見・・・今となってはまあ思いつかないわけでもない。安楽死を合法にした方がいいんじゃないか、とか、日本の正装をスーツではなく和服にすべきだ、とか、週休三日制がいい、とか、フランスかどこかの国みたいにシエスタ(昼寝)の時間を導入すべきだ、とか、労働の関係でいえばサマータイムを日本にも導入してほしい、とか、消費税を下げろ、とか、ギャンブルは違法なのにパチンコはOKっておかしいでしょ、とか、選挙はネットでできるようにすべき、とかとか・・・・まあ今となっては意見発表分も書けるだろうとは思うので、多少は書くことへの苦手は払しょくされてきてるのだとは思う。とはいっても昔苦手だったことが今ではそうでもなくなる、ということはあれど、結局得意になることもそんなにないんだろうな、というのは俺が二十数年生きてきて得た感想だ。古典経済学者のリカードも言うように、人は得意なことに専念すればいいということなので、それは別にいいと考えている。